文責:藤田 泰仁
飲食店の居抜き物件で注意したいのは、残った設備が自分のメニューと席数で使えるか、造作譲渡で何をいくらで引き継ぐか、退去時に原状回復をどこまで負うかの3点です。居抜きだから営業できるとは限らないため、契約前に設備の確認と保健所・消防署への相談を済ませ、造作譲渡と原状回復の範囲を書面で決めておきましょう。
飲食店の居抜き物件で注意したいのは「設備・造作譲渡・原状回復」の3点
飲食店の居抜き物件で注意したいのは、①残っている設備が自分の営業に本当に使えるか、②造作譲渡で何をいくらで引き継ぐか、③退去するときに原状回復をどこまで負うか、の3点です。居抜き物件とは、前の店の内装や厨房設備が残ったまま貸し出される物件のことです。全日本不動産協会が紹介する裁判例(東京高裁 令和3年9月15日判決)では、居抜き店舗が消防法令などに合わず営業できなかった件で、居抜きとして募集していても貸主が営業できることを保証したとはいえず、調査の責任は原則として借りる側にあるとされました。つまり確認は、契約する前に借りる側が済ませておく必要があります。
居抜き物件は、内装や厨房をそのまま使える分、初期費用と開業までの期間を抑えやすいのが魅力です。一方で、前の店の設備や契約条件まで一緒に引き受けることになります。この記事では、飲食店を居抜きで開業するときに、契約前に確かめておきたい点を順番に整理します。
飲食店の居抜き物件は、契約前に何をどの順番で確かめる?
契約前の確認は、次の5段階で進めると抜けを防げます。設備の確認から始めて、最後に契約書の中身を固める順番です。
- 1. 残る設備の一覧をもらい、譲渡品・リース品・処分予定の物を分ける
- 2. 厨房設備と電気・ガス・給排水・排気が、自分のメニューと席数で使えるか確かめる
- 3. 図面を持って、保健所と消防署に事前相談する
- 4. 前の店と結ぶ造作譲渡契約で、対象・金額・不具合時の扱いを書面にする
- 5. 貸主と結ぶ賃貸借契約で、退去時の原状回復の範囲を確かめる
居抜き物件でよく起きるリスクと、最初に打つ対策は次のとおりです。どれも契約後に気づくと、費用か日程のどちらかに響きます。
| リスク | 何が起きるか | 最初の対策 |
|---|---|---|
| 設備が古い・動かない | 開業後すぐに修理や買い替えの費用がかかる | 型番・製造年・動作を一覧にして、現地で通電・点火して確かめる |
| 電気・ガス・排気の容量が足りない | 増設工事が必要になり、ビル側の許可や日数もかかる | 使う機器から必要な容量を業者と確かめ、契約前に管理会社へ増設の可否を聞く |
| リース品が混ざっている | 引き渡し後に、リース会社から機器の返却や支払いを求められる | 設備ごとに所有者を確かめ、リース品は譲渡の対象から外す |
| 営業許可・消防の基準に合わない | 許可が出ない、または消防設備の工事が必要になり開業が遅れる | 契約前・工事前に、図面を持って保健所と消防署に相談する |
| 原状回復の範囲があいまい | 退去時に、前の店がつくった内装の撤去費用まで負うことがある | 賃貸借契約の特約を読み、引き渡し時の状態を写真で残す |
| 造作買取請求権を放棄する特約がある | 退去時に、自分で入れた造作を貸主に買い取ってもらえない | 特約の有無を確かめ、次の借り手への譲渡を認めるかも聞いておく |
居抜き・スケルトン・事業譲渡は何が違う?
違いは3点で、「何を引き継ぐか」「営業許可を取り直すか」「退去時の戻し方を何で決めるか」です。居抜きと混同されやすい言葉として、何も残っていない状態で借りる「スケルトン物件」と、店の営業そのものを引き継ぐ「事業譲渡」があります。
| 比べる点 | 居抜き(造作譲渡) | スケルトン物件 | 事業譲渡 |
|---|---|---|---|
| 引き継ぐもの | 内装・厨房設備などの造作 | なし(床・壁・天井がむき出しの状態から工事する) | 造作に加えて、営業そのもの |
| 保健所の営業許可 | 営業者が変わるため、原則として新規に申請する | 新規に申請する | 営業の全部を譲り受ける場合、届出で営業者の地位を承継できる(2023年12月13日から) |
| 退去時の原状回復 | 賃貸借契約の特約しだい(スケルトンに戻す定めもある) | 賃貸借契約の特約しだい | 賃貸借契約の特約しだい |
スケルトン物件とは、前の内装や設備がすべて撤去され、建物の骨組みに近い状態で貸し出される物件のことです。造作譲渡とは、前の店が設置した内装や設備を、次の借り手が買い取ったり無償で引き継いだりする取引のことで、前の店(前のテナント)との間で契約します。飲食店の居抜きは、多くがこの造作譲渡の形です。
居抜き物件の厨房設備は、契約前にどこまで確かめる?
この段階のゴールは、「残っている設備で、自分のメニューを予定の席数分つくれるか」に答えを出すことです。
- 冷蔵庫・製氷機・コンロ・食洗機などの型番と製造年を書き出し、通電・点火して動くか確かめる
- 電気・ガスの容量、給排水の位置、排気ダクトの経路が、使いたい機器に足りるか業者に見てもらう
- グリストラップの状態と、清掃の記録が残っているかを確かめる
現場でよくあるのは、内見のときに「設備がそろっているから大丈夫」と判断し、引き渡し後に不具合が見つかるケースです。前の店と業態が違うと、同じ厨房でも足りないことがあります。たとえば揚げ物や焼き物が中心の店に変える場合、火力や排気の能力が足りず、ダクトや換気設備の工事が必要になることがあります。ビルによっては、容量の増設や外壁への排気口の追加に、貸主や管理組合の許可がいります。
グリストラップとは?居抜きで確かめたいポイント
グリストラップとは、厨房の排水から油や食べ残しを分けて、下水に流れ込むのを防ぐための装置です。前の店の清掃が行き届いていないと、悪臭や排水の詰まりの原因になります。内見では、ふたを開けて中の状態を見せてもらい、いつ清掃したかを聞いておきましょう。排水管の詰まりや水漏れは、入居後に直すと営業を止めることになりやすい部分です。
居抜きでも、保健所の営業許可は取り直す必要がある?
前の店から設備だけを引き継ぐ一般的な居抜きでは、営業許可は原則として新しく取り直します。営業許可は営業者ごとに受けるもので、京都府の「営業許可手続きのご案内」では、営業者が変わる場合(事業譲渡を除く)は、前の営業者が廃業を届け出て、新しい営業者が新規に許可を申請するよう案内しています。
- 工事に着工する前に、設計図面を持って保健所に事前相談する
- 食品衛生責任者の資格を持つ人を決めておく(資格がない場合は養成講習会を受ける)
- 施設の確認検査と許可証の交付までの日数を、開業日から逆算しておく
例外は事業譲渡です。福岡市の案内(2024年10月1日更新)によると、2023年12月13日から、食品営業の事業譲渡では、譲り受けた人が新たに許可を取らず、届出で営業者の地位を承継できるようになりました。ただし文京区の案内では、対象は営業の全部を譲渡する場合に限られるとしています。自分の取引がどちらに当たるかは、契約前に出店先の保健所へ相談して確かめてください。
また、前の店で許可が出ていたからといって、自分の申請でもそのまま基準を満たすとは限りません。京都府の案内では、施設が基準に合わない場合は再検査が必要で、許可証の交付は検査で基準に合うと確認してから概ね10日程度かかるとしています。手続きの日数は自治体ごとに違うため、出店先の保健所の案内で確かめましょう。開業日までの段取りの組み方は、起業のスケジュール管理を失敗しないための実践手順と西宮・兵庫の注意点で整理しています。
居抜き物件で、消防署には何を確かめる?
消防署には、間取りの変更や内装工事で消防用設備の追加が必要にならないかを、契約前に確かめます。冒頭で触れた東京高裁の裁判例のように、居抜き店舗でも消防法令に合わず営業できないことがあり、その調査は原則として借りる側の責任とされています。
西宮市消防局の「防火対象物使用開始届」(2023年6月5日更新)は、建物を飲食店などとして使い始めるときに、使用開始の7日前までに届け出るよう定めています。あわせて、届出をしないまま入居すると、内装工事や営業開始のあとで消防用設備の工事が必要になる場合があり、特に間仕切りを変えると自動火災報知設備の感知器の増設や移設が必要になることが多いと注意しています。席の配置や個室の区切りを変える予定があるなら、建物の平面図と計画の間取り図を持って、入居前に消防署へ相談しておきましょう。
造作譲渡契約では、何を書面で決めておく?
造作譲渡契約では、「何を・いくらで・どんな状態で引き継ぎ、壊れていたらどうするか」を書面で決めておきます。口約束のままだと、引き渡し後に「その機器は譲る約束ではなかった」「壊れていたのは知らなかった」といった食い違いが起きやすくなります。
| 決めておく項目 | 確かめる中身 |
|---|---|
| 譲渡する物の一覧 | 設備ごとに品名・型番・数量を書く。残っていても譲渡しない物(処分予定の物)も分けて書く |
| 所有者 | リース品や、ビルの持ち物(貸主の設備)が混ざっていないか |
| 金額と支払いの時期 | 造作譲渡料の総額、消費税の扱い、支払いと引き渡しの日 |
| 引き渡す状態 | 現状有姿(見たままの状態で引き渡すこと)か、動作を保証するか |
| 不具合があったときの扱い | 引き渡し後に故障が見つかった場合に、誰がどこまで負担するか |
| 貸主の承諾 | 造作を残したまま次の借り手に引き継ぐことを、貸主が認めているか |
造作譲渡は前の店との契約、賃貸借は貸主との契約で、相手が別々です。造作譲渡の話がまとまっても、貸主が新しい借り手との賃貸借契約や造作の引き継ぎを認めなければ進みません。2つの契約の日付と条件が食い違わないように、並べて確認しておきましょう。
居抜きで借りた飲食店の原状回復は、退去時にどこまで負う?
退去時にどこまで戻すかは、賃貸借契約の特約で決まるため、契約前に必ず読み込んでおく部分です。何が起きるかというと、居抜きで借りたのに、退去時は「スケルトンに戻す」と定められていて、前の店がつくった内装まで撤去する費用を負うことがあります。
- 賃貸借契約書の原状回復の条項と特約を読み、「どの状態に戻すのか」を確かめる
- 前の店がつくった造作の撤去を、誰が負担するのかを貸主に確認する
- 引き渡しの日に、内装と設備の状態を写真と書面で残す
原状回復とは、借りた物を返すときに、借りたあとに生じた傷みを元の状態に戻すことです。民法第621条は、通常の使い方による損耗や経年変化は原状回復の対象から外すと定めています。ただしこの規定は、当事者が別の内容で合意することを妨げないと解されており、店舗の契約では特約の内容が優先されるのが一般的です。住宅の原状回復でよく参照される国土交通省のガイドラインも、民間賃貸住宅を対象にしたものです。店舗の場合は「法律がこうだから大丈夫」と考えず、契約書の文言で判断しましょう。
造作買取請求権とは?居抜きの契約で放棄の特約があるか確かめる
造作買取請求権とは、貸主の同意を得て取り付けた造作を、契約が終わるときに時価で買い取るよう貸主に求められる権利です。借地借家法第33条に定めがあり、貸主から買い受けた造作も対象になります。ただし、借り手に不利な特約を無効とする第37条の対象に第33条は含まれておらず、特約で排除できます。三井住友トラスト不動産の用語集も、原状回復を前提にこの権利を放棄させる契約が多いと説明しています。将来、自分が退去するときに次の借り手へ造作を譲りたいなら、それを貸主が認めるかも契約前に聞いておくと安心です。
居抜き物件の開業費用は、何を足して見積もる?
居抜き物件の開業費用は、家賃や保証金などの物件取得費に、造作譲渡料、設備の修理・入れ替え、容量の増設や消防設備の工事、開業後の運転資金を足して見積もります。居抜きは初期費用を抑えやすいとされますが、設備の手直しが重なると、想定より高くなることもあります。上の手順で見つかった工事は、見積もりを取って資金計画に入れておきましょう。
資金を融資と補助金のどちらで手当てするかは、時期や使い道で向き不向きが分かれます。開業1〜3年目の資金調達|創業融資と補助金の違いと使い分け方で、両者の違いと使い分け方を解説しています。
居抜き物件を選ぶときに、開業後の集客まで考えるには?
物件の条件は、開業後の集客のしかたとセットで考えると判断しやすくなります。たとえば、前の店の印象が地域に強く残っている場合は、店名や外観をどこまで変えるかで、新しい店だと気づいてもらえるかが変わります。席数や客単価をどう設定するかによって、必要な厨房の能力も変わります。
予約の入り方まで含めて店の形を考えたい方は、完全予約制の飲食店の集客|グルメサイトに頼らず予約が入る導線の作り方も参考にしてください。
居抜きでの開業準備を、一人で抱え込まないために
設備の確認や保健所・消防署への相談は、手順どおりに進めれば経営者自身で十分に取り組めます。難しいのは、物件、工事、資金、メニュー、集客の判断が同じ時期に重なり、どれを先に決めるかを選び続けることです。「この物件で、どんなお客様に、いくらの料理を、何席で出すのか」は、設備の手直しの範囲にも、資金計画にも、開業後の集客にもつながっています。
まとめ
飲食店の居抜き物件では、残った設備が自分の営業に使えるか、造作譲渡で何を引き継ぐか、退去時に原状回復をどこまで負うかを、契約前に確かめておくことが大切です。営業許可は原則として新しく取り直すため、保健所と消防署には図面を持って早めに相談しましょう。造作譲渡契約と賃貸借契約は相手が別々なので、2つを並べて条件を書面で固めておくと、あとの食い違いを防げます。
物件の判断は、事業全体の優先順位とあわせて考えると迷いにくくなります。当社の事業戦略顧問では、事業戦略・集客・業務改善をまとめて見ながら、経営者と一緒に優先順位を整理し、実行まで伴走しています。「出店の判断と開業準備の順番を、一度整理したい」と感じた方は、気軽にご相談ください。
よくある質問
- 居抜き物件なら、前の店の営業許可をそのまま使えますか?
- 設備だけを引き継ぐ一般的な居抜きでは、使えません。営業者が変わるため、原則として新しく営業許可を申請します。営業の全部を譲り受ける事業譲渡であれば、2023年12月13日から届出で地位を承継できるようになったので、どちらに当たるかを保健所に相談してください。
- 居抜きで借りれば、退去時も居抜きのまま返せますか?
- 賃貸借契約の特約しだいです。居抜きで借りても、退去時は「スケルトンに戻す」と定められていることがあります。契約前に原状回復の条項を読み、前の店がつくった内装の撤去を誰が負担するかを貸主に確かめておきましょう。
- 造作譲渡料は、誰に払うのですか?
- 造作譲渡料は、内装や設備を持っている前の店(前のテナント)に払います。家賃や保証金を払う貸主とは別の相手です。貸主が造作の引き継ぎを認めているかもあわせて確かめておきましょう。
- 厨房設備が引き渡し後に壊れたら、誰が直しますか?
- 造作譲渡契約で決めた内容によります。見たままの状態で引き渡す「現状有姿」の契約では、引き渡し後の故障は買い手の負担になりやすくなります。契約前に動作を確かめ、不具合があった場合の扱いを書面に入れておきましょう。
出典(2026年11月4日確認):全日本不動産協会「居抜き店舗賃貸と当該営業が可能であることの保証」/京都府「営業許可手続きのご案内」/福岡市「食品衛生法に基づく営業の事業譲渡について」(2024年10月1日更新)/文京区「営業許可・届出の事業譲渡について」(2023年12月15日更新)/西宮市消防局「防火対象物使用開始届」(2023年6月5日更新)/e-Gov法令検索「民法」/日本法令外国語訳データベース「借地借家法」/三井住友トラスト不動産「造作買取請求権」
