文責:藤田 泰仁
業務マニュアルは、全業務を一度に書こうとせず「その人しかできない・止まると困る・回数が多い」業務から1本ずつ、1業務1枚の型で作るのが近道です。書く時間がなければ、作業の様子を動画で撮り、AIで下書きにして本人が直す。できたら新人に使ってもらい、つまずいた所をその場で直す。この小さな繰り返しが「あの人しか分からない」を減らしていきます。
業務マニュアルは「止まると困る業務」から、1業務1枚で作る
小さな会社の業務マニュアルは、分厚い1冊を目指すより、1つの業務を1枚にまとめた紙を少しずつ増やすほうが続きます。最初に書くのは「その人しかできない」「その人が休むと止まる」「回数が多い」業務です。1枚には、目的・いつ誰がやるか・準備するもの・手順・判断の分かれ目・困ったときの連絡先・更新日を入れます。書く時間がなければ、作業の様子をスマートフォンで撮って話してもらい、文字起こしとAIで下書きを作り、本人が確認します。完成したら新人に実際に使ってもらい、つまずいた所をその場で直す。この流れなら、本業の合間でも1週間に1本ずつ増やせます。
合同会社well coの藤田です。小さな会社の経営者の方とお話ししていると、「あの人が休むと仕事が止まる」「新しい人がなかなか育たない」という声をよく聞きます。原因の多くは、仕事のやり方が特定の人の頭の中にしかないことです。この記事では、業務マニュアルをどの業務から、どんな型で、どう作り、どう更新し続けるかを、経営者が自分で進められる順番でまとめます。
なぜ「あの人しか分からない」が起きるのか?
仕事が特定の人にしか分からない状態を「属人化(ぞくじんか)」と呼びます。小さな会社では、仕事を覚えるのが早い人や長く勤めている人に、自然と仕事が集まります。その人は頼りになる一方で、やり方を書き残す時間がありません。結果として、その人が休む・辞めると仕事が止まり、新しい人は「見て覚えて」と言われて育ちにくくなります。
中小機構(独立行政法人中小企業基盤整備機構)も、業務マニュアルの研修の案内で、業務が特定の人に偏ると組織の力が下がり、災害や感染症の流行などの緊急時に業務が滞る原因になると指摘しています(J-Net21「業務マニュアルの作り方・活かし方」)。同じ案内では、マニュアルは作って終わりにせず、管理のしかたや見直しの回し方まで考えておくことが大切だとしています。この記事でも、作り方と同じくらい「更新の続け方」を重視します。
業務マニュアルは、どの業務から書けばよい?
最初の1本は、「その人しかできない」「止まると困る」「回数が多い」の3つに当てはまる業務から選びます。全部の業務を洗い出してから始めると、それだけで疲れてしまいます。まずは経営者が思いつく業務を10個ほど書き出し、下の表のように3つの観点で丸をつけてみてください。
| 業務の例 | その人しかできない | 止まると困る | 回数が多い | 優先度 |
|---|---|---|---|---|
| 予約・問い合わせの受け方 | ○ | ○ | ○ | 最優先 |
| 月末の請求書の作成 | ○ | ○ | 高い | |
| 開店・閉店の準備 | ○ | ○ | 高い | |
| 備品の発注 | ○ | ○ | 中くらい | |
| 年に1回の棚卸し | ○ | 後回しでよい |
表は考え方を示すための例です。丸が多い業務ほど、マニュアルにしたときに「休める」「任せられる」効果が出やすくなります。業務の数が多くて選べないときは、先に仕事の洗い出しと手間の大きい作業の見つけ方を読んでから戻ってくると、優先順位をつけやすくなります。
最初の1本に向かない業務もある
- やり方が毎回大きく変わる業務(まずはよくあるパターンだけ書く)
- 近いうちにやり方を変える予定の業務(変えてから書く)
- 経営判断そのもの(値決めや採用の最終判断などは、マニュアルより判断の基準を言葉にするほうが先)
1業務1枚の型には何を書けばよい?
1つの業務を1枚(A4やスマートフォン1画面分の目安)にまとめ、毎回同じ項目で書きます。型が決まっていると、書く人は迷わず、読む人はどこを見ればよいかすぐ分かります。次の項目をそのままひな形にしてください。
| 項目 | 書くこと | 書き方のコツ |
|---|---|---|
| 業務名と目的 | 何のための作業か | 「予約を受ける」ではなく「予約の取りこぼしをなくすため」まで書く |
| いつ・誰が | タイミングと担当 | 「毎朝10時」「電話が鳴ったら」など具体的に |
| 準備するもの | 道具・画面・書類 | ログインが必要なものは、どこで確認できるかを書く(パスワード自体は書かない) |
| 手順 | 5〜10ステップ | 1つの文に1つの動作。写真や画面の切り抜きを添える |
| 判断の分かれ目 | こういうときはこうする | ベテランが無意識にしている判断ほど書き出す |
| よくあるミス | 過去の失敗と防ぎ方 | 「ここを間違えやすい」を1〜3個 |
| 困ったら | 相談先 | 担当者が不在のときに誰に聞くか |
| 更新日・更新者 | 最後に直した日と人 | 古いかどうかが一目で分かるようにする |
なかでも大事なのが「判断の分かれ目」です。手順そのものは見て覚えられても、「この場合はどうするか」という判断は、ベテランの頭の中にしかないことが多いからです。J-Net21の店舗マニュアル作成のポイントでも、読んだ人がすぐ行動できる具体性、誰がいつどこで読むかという利用場面の想定、クレームや責任者不在のときに判断できる内容を入れることが挙げられています。
書く時間がないときは?動画とAIでマニュアルを作る手順
マニュアルが進まない一番の理由は、その業務に詳しい人ほど忙しく、書く時間がないことです。そこで「書いてもらう」のをやめて、「やっているところを撮る」から始めます。最近はスマートフォンの録画と、文字起こしやAIの下書き機能を組み合わせれば、本人の負担をかなり小さくできます。
- 1. 撮る:担当者がいつもどおり作業し、横からスマートフォンで撮る。担当者には「今なにをしているか」「なぜそうするか」を声に出してもらう
- 2. 文字にする:録画の音声を文字起こしする(話した言葉を自動で文章にする機能)
- 3. 型に流し込む:文字起こしをAIに渡し、上の「1業務1枚の型」の項目に沿って下書きを作ってもらう
- 4. 本人が直す:担当者が下書きを読み、間違いや抜けを赤で直す。ここは10〜15分で済むことが多い
- 5. 新人が試す:その業務をやったことのない人が、マニュアルだけを見て実際にやってみる
文章・写真・動画は、業務によって向き不向きがあります。全部を動画にする必要はありません。
| 残し方 | 向いている業務 | 注意点 |
|---|---|---|
| 文章(1業務1枚) | 判断が多い業務、電話やメールの対応 | 長くなりすぎたら業務を2つに分ける |
| 写真つきの文章 | 道具の置き場所、完成形の見た目 | 撮り直しが楽なよう、写真は1手順1枚に |
| 短い動画(1〜3分) | 手の動き、機械やパソコンの操作 | 長い動画は見返されにくい。1動画1手順に |
| AIによる下書き | 動画や口頭説明をもとに文章化 | そのまま使わず、必ず担当者が確認する |
AIを使うときは2つの点に気をつけてください。1つは、AIがもっともらしい間違いを書くことがある点です。手順の順番や数字は、必ず担当者が確かめます。もう1つは、お客様の名前や連絡先などの個人情報を入力してよいかどうかです。個人情報保護委員会も生成AIサービスの利用に関する注意喚起を出しています。撮影するときは画面に個人情報が映らないようにし、使うサービスの利用規約で入力データの扱いを確かめてから使いましょう。AIに任せやすい事務作業については、小さな会社が最初にAIに任せたい事務作業でも整理しています。
作ったマニュアルで、新しい人はどう育てる?
マニュアルは、新人に「読ませる」より「使わせる」ことで育成の道具になります。ベテランが横で見守りながら、新人はマニュアルだけを頼りに作業します。ベテランは口を出したくなっても、まずは新人がどこで止まるかを観察してください。止まった所こそ、マニュアルに足りない所です。
- 新人が止まった・聞いてきた所は、その日のうちにマニュアルに書き足す
- 直すのは新人自身に任せてもよい(分からなかった人の言葉のほうが、次の人に伝わりやすい)
- マニュアルどおりに一人でできたら、その業務は「任せられる業務」として担当表に載せる
この繰り返しで、マニュアルは使うほど分かりやすくなります。新人にとっても、「何を覚えればよいか」がはっきりするので、聞きにくさや不安が減ります。
マニュアルの更新が止まらないようにする工夫は?
更新が止まる原因は、「誰が」「いつ」直すかが決まっていないことです。完璧なマニュアルを目指すより、古くなったらすぐ直せる仕組みを先に作ります。
- 置き場所を1か所にする:紙とデータ、複数のフォルダに散らばると、どれが最新か分からなくなる
- 業務ごとに「持ち主」を決める:その業務のマニュアルを直す担当を1人決めておく
- 気づいた人が直してよいルールにする:持ち主の許可を待たずに直し、更新日と名前だけ残す
- やり方を変えた日に直す:会議で手順を変えたら、その場でマニュアルを直すところまでを決定事項にする
- 月に1回、15分だけ見直す:更新日が半年以上前のものを1本選んで、今のやり方と合っているか確かめる
月1回の見直しは、売上や問い合わせ数を振り返る場と同じ日にすると忘れにくくなります。毎月の振り返りの場がまだない場合は、A4一枚の月次レポートの作り方もあわせて参考にしてください。
マニュアルは「休める会社」づくりにもつながる
従業員を雇っている会社にとって、マニュアルは休みの取りやすさにも関わります。2019年4月から、年10日以上の年次有給休暇が与えられる労働者には、使用者が毎年5日を確実に取得させることが必要になりました。対象には管理監督者や有期雇用の労働者も含まれ、取得させなかった場合は罰則の対象になることがあります(厚生労働省働き方・休み方改善ポータルサイト)。
「あの人が休むと回らない」状態のままでは、休みを取ってもらうこと自体が難しくなります。マニュアルで代わりの人が立てる業務を増やしておくことは、法律への対応だけでなく、働く人が安心して休み、長く働ける職場づくりにもつながります。制度の細かい扱いは、必ず公式の情報で確かめてください。
自分で進めるときにつまずきやすいところ
- 最初から全業務のマニュアルを作ろうとして、途中で止まってしまう
- ベテランが「自分の仕事がなくなる」と感じて、協力してくれない
- マニュアルは作ったが、誰も開かずに古くなっていく
- どの業務を任せ、経営者は何に時間を使うべきかが決めきれない
2つ目は、事前に伝え方を工夫したいところです。マニュアル化は、その人の仕事を取り上げるためではなく、その人が休めるようにし、もっと任せたい仕事に時間を使ってもらうためのものです。目的をはっきり伝え、作ったマニュアルには作成者として名前を残すなど、ベテランの知恵が会社の財産になったことが見えるようにすると協力を得やすくなります。
まとめ
業務マニュアルの作り方は、「その人しかできない・止まると困る・回数が多い」業務から1本選ぶ、1業務1枚の型で書く、書く時間がなければ動画とAIで下書きを作って本人が直す、新人に使ってもらってつまずいた所を直す、更新の持ち主と見直しの日を決める、という順番です。まずは今週、最優先の1業務だけを1枚にしてみてください。
一方で、マニュアルづくりを進めていくと、「どの業務を人に任せ、経営者は何に時間を使うのか」という、より大きな問いにぶつかります。業務改善と、集客や事業の方向性は切り離せないからです。こうした優先順位の整理を一人で抱えず、第三者と一緒に考えたいときは、事業戦略顧問への相談も1つの方法です。業務・集客・戦略をまとめて整理し、実行まで一緒に進めます。
よくある質問
- 業務マニュアルは何から作ればよいですか?
- 「その人しかできない」「その人が休むと止まる」「回数が多い」の3つに当てはまる業務から作るのがおすすめです。業務を10個ほど書き出し、3つの観点で丸をつけて、丸が多いものから1本ずつ作ります。
- マニュアル1本はどのくらいの分量がよいですか?
- 1業務をA4やスマートフォン1画面分の1枚にまとめるのが目安です。手順が10ステップを超えるときは、業務を2つに分けると読みやすく、更新もしやすくなります。
- 動画マニュアルと文章のマニュアルはどちらがよいですか?
- 業務によります。手の動きや機械・パソコンの操作は短い動画が、判断が多い業務や電話対応は文章が向いています。動画は1本1〜3分、1動画1手順にすると見返されやすくなります。
- AIで作ったマニュアルをそのまま使っても大丈夫ですか?
- おすすめしません。AIはもっともらしい間違いを書くことがあるため、必ずその業務の担当者が内容を確かめてください。お客様の個人情報は入力しない、利用規約で入力データの扱いを確かめるといった点にも注意が必要です。
- 作ったマニュアルが使われなくなるのを防ぐには?
- 置き場所を1か所にまとめ、業務ごとに更新の担当を決め、気づいた人がすぐ直してよいルールにします。月1回15分、更新日の古いものを見直す時間を決めておくと、古いまま放置されにくくなります。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21「業務マニュアルの作り方・活かし方」/J-Net21「店舗マニュアル作成のポイント」/個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」/厚生労働省 働き方・休み方改善ポータルサイト「年5日の年次有給休暇の確実な取得」
